2024北海道から沖縄へ9・10日目 鳥栖~天草市~南島原市 天草島原どっちが先か

快活clubでの1人会議の結果、ひとまず天草熊本島原方面で御船印集めをすることにしました。

鳥栖から水俣まで高速で南下。水俣市内のショッピングモール「エムズシティ」にある、村下孝蔵「初恋」の歌碑を見に来ました。

「初恋」は40年くらい前の曲ですが、今でも名曲だと思います。歌碑はあまり目立たないところにあってちょっと不憫。

水俣に来る前に寄った「道の駅芦北でこぽん」で見かけた「たこめし」と「鶏のたたき」が美味しそうだったので購入して「道の駅みなまた」で食べました。熊本県でも南のほうに来ると鳥刺し文化があるんですね。

以前から来てみたかった「A-Zあくね」へ。

お惣菜から車まで売ってる店内は広すぎて向こうが見えません笑

ざっくりまわるだけで30分以上かかりました。いい運動になりました。

蔵之元港からは三和フェリーに乗船。

以前は御船印は乗る船の分だけ買ったりと少しこだわりがありましたが、今は複数の種類が売ってると全部買うようになりました。

蔵之元港から約30分で天草牛深港に到着。

まずは崎津カトリック教会へ。

「崎津資料館みなと屋」で丁寧な資料の説明を受け、教会にも自由に入れると聞いて内部も見学しました。

カトリック大江教会は内部公開時間が過ぎていたので、外から見るだけに。

「おっぱい岩」って相席食堂で見たことあったような…?

残念ながら満潮でした。

本渡市街地に入り、夕食は「来々軒」で天草ちゃんぽん。具もですが特にスープが美味しくて、普段はあまりしないスープまで完飲。

この日は、敷地内に温泉とコインランドリーもある「道の駅有明」で車中泊。

翌朝道の駅の海側にある、妙にリアルなタコのモニュメントを見て目が覚めました。

大矢野島の「道の駅上天草さんぱーる」で、天草のローカルフード「ばくだん」を購入。揚げかまぼこの中にゆで卵が入っていて、ちょっと温めてから食べると美味しかったです。

この道の駅は朝8時から開いているのですが、鮮魚が安くて家が近所なら買って帰りたかったです。

道の駅の向かいにある「天草四郎ミュージアム」へ。

説明板はわかりやすかったのですが、映像はミュージカル風アニメの演出過剰感が目について、自分には合わなかったです。

ミュージアム横には天草四郎の墓が。造作は古く当時モノのように見えますが、あの演出を見た後では?

天草最高峰の倉岳を目指して走っていると、エヴァンゲリオン風看板が。

狭いグネグネ道にちょっと疲れてきたころ、山頂の駐車場に到着。

北側は見晴らしがいいのですが、

お目当ての天空の鳥居がある南側はガスがかかって何も見えず。

お昼は本渡市街地の「天草大王地鶏のたぐち」で「天草大王の炭火親子丼」1,600円。

天草大王という地鶏の鶏肉とヤキトリマンファームの卵を使った親子丼で、確かに美味しかったのですが…1,600円か~…

天保年代にかかった石橋「祇園橋」を見て、

「天草市立天草キリシタン館」へ。天草地域のキリシタンの布教から迫害・天草島原の乱などをお勉強。

フェリーまで少し時間があったのでおっぱい岩再び。

今度は干潮で近くまで行くことが出来ました。近くにミニおっぱい岩もあったそうですが気がつきませんでした。

天草の鬼池港から島原半島の口之津港まで島鉄フェリーで移動。ここでも御船印。

フェリーを降りてすぐ、口之津港ターミナル内の「口之津歴史民俗資料館」へ。

話好きの職員さんからいろいろなお話を聞きました。

天草四郎を頭とするキリシタンによる幕府への一揆「天草島原の乱」は、島原半島では「島原天草の乱」と言う、魚群探知機の「古野電気」は口之津の個人商店から始まった、三池炭鉱から取れる石炭の積出港として発展した口之津は船員を多く輩出したことから今でも海上技術学校が置かれている…などなど

「分館も近くにあるから行ってみたらいいよ」と言われ分館に来ると、こちらでも話好きの職員さんとの会話が弾みました。

災害で飢えに苦しんだ与論島の住民と石炭積出の繁忙による人手不足がマッチして、口之津に集団移住した与論島住民のこと、口之津の船員さんが持ち帰った土産物の展示は鼈甲や象牙など今では輸入できないモノばかり…自分は元自衛隊で北海道に長くいたから久しぶりに北海道のナンバーが見られてよかった…などなど

2ヶ所でかなり時間を使いました。

原城址に来るともう日没寸前。急ぎ足で見て回りました。

コインランドリーで洗濯をすませると、ジョイフルくらいしか開いてるお店がありませんでしたが、ジョイフルハンバーグは美味しいので問題ありません。

この日は南島原市の「道の駅ひまわり」で車中泊。